ゲームへたおじさんドットコム

いい年した男のゲーム日記とメモと寄る辺のなさ。ゲームへたおじさん、またはMSRkbと名乗っています。

記憶・認識・まぼろし

こないだの『Space Fury』について書いたエントリで音声合成に触れたが、

その流れでYouTubeのこれを見ていた。

 

 

初期のアーケードゲーム音声合成ファミコンの粗いサンプリング音声、格ゲーブーム~PS/SS次世代機戦争の頃のゲーム会社社員による素人吹替、近年のものではマーケティング優先の声優ではない有名人起用やローカライズがうまくいってなくて変なことになっている日本語吹替……などなどゲーム中で耳にして違和感がある音声についてまとめた動画だ。前編後編で計80分以上の力作。各タイトルごとに短いが的確な解説が入っている。特に近年のものについては「当時のネット界隈では “ひどい吹替” という評価が優勢だったがそれは表面的な切り取りによる判断ではないか」という再評価の提言が入っているのも丁寧だ。

ファミコン時代の小学生だった俺にとってもゲームから聞こえてくる音声には妙な魅力があった。ノイズのうねりを慎重に聞くと確かに「声」に聞こえなくもない無理やりな音声合成や、空きチャンネルの砂嵐*1の向こうから聞こえてくるような粗いサンプリング音声には何か心かき乱される怪しげなデジタルの色香があった。上記動画の前編に出てくるサンソフトの『水戸黄門』なんかは当時のキッズの間ではほとんど「よくしゃべる」ことしか話題になってなかった記憶がある。水戸黄門という題材自体はわりとどうでもよかったのだ。

 

さて、上記動画の後編に『虫姫さま』が紹介されている。主人公・レコのなんとも言えないテイストの声と喋り方が、その違和感ゆえにゲーセンの騒音の中でもはっきりと耳に届くことでも有名なシューティングゲーム虫姫さま』だ。

そういや『虫姫さま』はSteamで昨年のセールのときに妙に安くなっていたので買ったものの、起動確認しただけでそのまま積んでたなと思い出した。動画を見た流れで何の気なしに再開してみたのだが、何故か今更のようにめちゃくちゃ面白い。

動画を見ていたときにも感じたが、こんなにグラフィックに魅力があるゲームだったっけ? という今更ながらの気づきと、オリジナルモードでのとてもシンプルなシステムと速い弾速・ケイブ弾幕味の薄さによるハイスピード・ハイテンションなプレイフィールが衝撃的に面白い……今更ではあるが……元は2004年のゲームだぞこれ……。

で、よくよく思い出してみると、今更も何も俺は今まで『虫姫さま』を稼働当初にゲーセンで数回プレイしただけ(それと昨年Steam版を起動確認しただけ)で、ほぼ「プレイしたことない」に等しいことに気づいた。たぶんゲーセンでプレイした数回も、1面ボスを倒すか倒さないかぐらいだったんじゃないかと思う。なにせへたなので。

それなのにどうしてか、俺の中の認識では「『虫姫さま』は当時ゲーセンでけっこう遊んでたんだけど、なんか性に合わないから移植版とか続編はスルーしたんだよねー」みたいな感じになってた。いつのまにか。長い間。Heyとかで『虫姫さま』が稼働しているのを見るたびにそういう偽の記憶がポップしていたのだ。なんでや。人の記憶ってのは本当に信用できないもんだねー(主語を拡大する)。前に『いただきストリート』シリーズについても似たような偽の記憶が俺の中にあるということを書いたが、あれは「偽の記憶」であるという認識自体は持っているものの何故か実感として抗えないという話だった。

今回の『虫姫さま』については完全に記憶と認識がスライドして置き換わっていた。去年Steam版買ったときでさえ「懐かしいなー、安いし買うか」と思ってた気がする。懐かしさを感じるほどプレイしたことなど全然ないのに。サイコホラーか。こういう記憶の混濁と認識の置き換えが俺の中で他にもあるような気がするというかきっとあるんだろうが、決定的な瞬間までそれに気づくことはないのだ……。

 

そんなわけで、おもしれー! と思ってプレイ後に記憶と認識の齟齬を埋めようとネットを検索して周辺情報などを見てるんだが、レコ関係の当時の記述読んでるとキッツー! という気分になったりする。「はいてない」とかありましたよね、という。当時そういう界隈の雰囲気があまり好きじゃなくてそんなにやらなかった、というのも少しあったのを思い出した。こうやって00年代頃の細かな感覚を振り返って思い出し検証していくという作業を、この半年くらい、なんだかちょいちょい繰り返しているなー。俺の中の00年代再検証ブームだ。他人にとっては本当にどうでもいい話だと思うが……。

*1:今は通じない表現だ。