ゲームへたおじさんドットコム

いい年した男のゲーム日記とメモと寄る辺のなさ。ゲームへたおじさん、またはMSRkbと名乗っています。

Steamサマーセールとゲームの女

ここしばらく、積みゲーを増やすのは控えようと思っていて、確かにフィジカルコピーのパッケージはあまり積んでないんだが、ダウンロード販売のものはなんだかんだで買ってしまっている。

でもこのコロナ禍の中、ある意味でいい機会だからと積んでいるものを崩すほうに注力しようと思っていた。思っていたんだが、PCもやっと組み上がってグラボを換装したわけだからと、6月末からこちら、PCゲームばかり買っている。しばらくPCゲームから離れている間に見逃していたインディー系のゲームをちょこちょこ買いつつ、各ストアでいろいろセールをやっている時期でもあるので、Aクラス~AAクラスのやつもちょっと摘まみつつ、といった感じだ。

 

そんなタイミングで、恒例のSteamサマーセールがあったわけだが、 まあいろいろ買ってしまった。

『Into the Breach』『Slay the Spire』『Outer Wilds』『Return of the Obra Dinn』……このあたりはたぶんそんなに積まないでプレイすることになるだろう。『Metro Exodus』は……これは積んでしまいそう。でも安いから買った。『Hellblade: Senua's Sacrifice』はいつの間にか日本語も入ったようなので買った。これはあまり積まないで崩していきたいな。あとは……といろいろ見ているうちに、なんだか垂直立ち上げ式に自分の中で励起する或る感情があった。

マッシブな肉付きで悪くてエロいゲームの女が見たい

見たいんである。そういう女は他のメディアだとあまり見られないが、ゲームだとわりと見る。主に対戦格闘で見るのだ。俺は対戦格闘は『ヴァンパイア』あたりで脱落したクチなので、それ以降はほとんど外側からさらっと情報を舐めるくらいの付き合いなわけだが、そういう立ち位置から見ていると対戦格闘ゲームというのは定期的にマッシブな肉付きで悪くてエロい女が出てくるジャンルだ、という認識がある。素晴らしいジャンルであると言えよう。

そんなわけなので、Steamサマーセールで安くなっていた『ウルトラストリートファイターⅣ』を買う。今この時期にウルⅣかよという話だが、別にネット対戦をするわけではないのでかまわない。761円だったし。目当てはもちろんジュリだ。そして即プレイ。良い。ジュリは良いね。でもストVのジュリのほうがよりマッシブな肉付きとコスチュームでより良かったかもしれない。

気分が乗ってきたので続けて『ソウルキャリバーⅥ』だ。アイヴィーアイヴィーは悪い。悪いしマッシブな肉付きでエロい。もうずっと前からそうだ。あとタキもいる。タキは別に悪くはないが、もうずっと前からマッシブな肉付きでエロいので好きだ。Ⅵのタキは今流行りの(流行りの?)淫紋みたいのがなんかのタイミングで全身に浮き上がるというコスチュームになっていて、しばらく見ないうちに大変なことになったなと思ったが、とりあえずプレイしてみたところ別に悪くはなってなかったので少し安心した(安心?)。

というわけで自分の欲望に忠実になってウルIVとソウルキャリバーVIを買ったが、それだけでは何なので返す刀で『ネコぱら』シリーズも買い、さらに今は友人にプレゼントされてからずっと積んでた『Her Story』をプレイすることで多様性を確保している。表にすると以下。

 

  マッシブな肉付き 悪い エロい
ウルIV マッシブ 悪い(ジュリ) エロい邪気眼
SCVI マッシブというか肉感的 悪い(アイヴィー エロい(ずっと前から)
ネコぱら マッシブではない 悪くはなさそう パッチで
Her Story 中肉中背 たぶん悪いんじゃないか? VHS画質が趣がある

 

ウルトラストリートファイターIV - PS3

【PS4】SOULCALIBUR VI Welcome Price!!

Doki Doki Literature Club!

今更ながら『Doki Doki Literature Club!(ドキドキ文芸部!)』プレイした。数年前に一部界隈で話題になった、アメリカのインディー開発者がほぼ一人で作ったノベルゲームだ。平凡な高校生の主人公が幼馴染みの女の子に誘われ、女子ばかりの文芸部に入部するのだが……というお話の、日本のギャルゲー/エロゲークリシェを詰め込んだような作品だ。そしてもちろん、この物語には大きな仕掛けがある。

『ドキドキ文芸部!』スクリーンショット

Just Monika.

それがどんな仕掛けか……という点についてはまあ遊んでもらうのが一番いい。フリーソフトだし、総プレイ時間も3時間程度だ。

 

さて、本作クリア後の感想。いやまあ、これはこれで面白かったんだけど、これが2017年に世界的に話題になるんであれば、00年代~10年代の一部のエロゲーが日本以外でもちゃんとした形で広くプレイされていれば世界を取れたんでは……と思ったのが正直なところ。言語と性表現の壁があるので難しいことだったのはわかるんだが……。

 

というわけで、『Doki Doki Literature Club!』が日本でも話題になっていた当時のレビューなどを探していろいろ読んでる。

IGN Japanの1時間ネタバレトークレビュー(今井晋/福山幸司/歐陽宇亮)は2018年5月のものだが、当時の状況のまとめとして良かった。

jp.ign.com

(日本人のプレイヤーのけっこうな割合が気づくであろう)『君と彼女と彼女の恋。』(2013)との共通点、というか影響関係について述べた福山氏の発言で、DDLCはととの。の物語/ゲーム的ナラティヴの「構造」には直接的に影響を受けているが、キャラクターのデータベース消費への批評的なギミックについてはほぼ影響を受けていなくて、たぶんそれは東浩紀の『ゲーム的リアリズムの誕生』など一連の言説の文脈をDDLCの作者が共有していないからスルーしたのだろう、という指摘は面白かった。

 

ゲーム的リアリズムの誕生 動物化するポストモダン2 (講談社現代新書)

俺はとうとうPCをやったぜ

この新型コロナ禍、勤め先は三月頃から在宅勤務推奨となり、緊急事態宣言発令下においては完全在宅勤務態勢になった。とはいえ業務によっては在宅での作業が難しいものもあり、三月半ばから四月頭にかけてはかなりバタバタしたものの、なんとか在宅で大方の業務が回せる状況まで持っていくことができて、とりあえず一安心したのだった。

その後、緊急事態宣言が終了してからも、とりあえず9月末まではなるべく在宅勤務で業務を回してみてくれという指令が下り、現在も継続中である。在宅勤務、いろいろと課題はあるものの、毎朝の出勤がないというだけでかなりストレス軽減になっていることは確かで、うまいことここらへんのバランスを取った形で進んでくれればなあと思っている。

 

さて、そんな状況だったので、3月中旬に一念発起してPCを組み立てた。そう、2014年の4月にデスクトップPCがぶっ壊れて以来、俺は自宅に自分用のPCを持っていなかったのだ。

4月1日のことだった。悲しいね。

 

当時PCで主にやってたのは『タイタンフォール』と『艦これ』だったみたいだ。もう忘れてしまったな。そんでいろいろ調べてぶっ壊れたPCをなんとか直そうとしてたんだけど俺の手には余ることに気づき、じゃあいっそのこと新しいPCを買おうか……とか思ってたんだが金がないのでだんだん落ち込んでいった。

 

PCが直らない。Windows PEのTestDiskでアクティブパーティションを正しく書き換えたはずなのにやはりダメで、何度やってもダメなので諦めてリカバリディスクで工場出荷状態にしたはずなのに状態変わらずブートできない。もう何もわからない。PCが直らないのですべてのことがすべて失敗して人生がうまくいかない感が強まっており、頭が重い。五年に一回ペースでこうなるのでもうプライベートではPCやMacのことなど考えたくないという気分になる。その影響か、朝がたに妙な夢を見た。「笑っていいとも」のテレフォンショッキングに千葉麗子がゲストでやって来る。タモリチバレイを呼ぶと、彼女は登場するやいなやステージにぎっしりと配置したパイプ椅子を物凄く不機嫌そうに蹴散らかす、というパフォーマンスを始める。しかもそのパフォーマンスの時間が中途半端に長く、最初はどよめいていた会場もすぐにシンと静まり返り、居心地の悪い沈黙が支配する。オラ、オラァ! と小さく呟きながらパイプ椅子を蹴るチバレイは相当苛々しているというのが誰の目にも明らかだ。全ての椅子を蹴り倒し、肩で息を切らしているチバレイ。自分でも、この後どうしたらいいかわからないようだ。そこへタモさんがマイク片手に近づき、しょうがねえなあこの子は、みたいなくだけた調子で「コラ(笑)」と軽くチバレイの頭をはたく。会場の緊張がほどけ、チバレイはちょっと涙目になりながら「いたい!」みたいなリアクションをする。「また変な企画屋雇ってーほんともう(笑)今着てる衣装以外全部企画屋の言いなりだろお前はまた(笑)」みたいな感じで自然にフォローして、チバレイも「えへへ、やっぱダメっスかね?」とだんだんリラックスしてきて普通のトークに入る……というのをテレビで見ていた俺は、チバレイももう39歳だ、昔ファミ通のレビューコーナーでゲストレビュアーのチバレイが『アウトランナーズ』を全クリした話を書いていたが、あれからずいぶん時が流れてしまった……というようなことを思って涙ぐみ、なんだかよくわからないけれど「いろいろあったけど、良かったね、チバレイ、よかった……」とつぶやいた、ところで目が覚めたのだが件の「笑っていいとも」の放送は本当にあったことだという認識が30分ほど消えず、朝のシャワーを浴びているときにも(良かった……)と思い出して涙ぐんだりした。あと寝坊だったので会社に遅刻した。

俺は夢ばかり見ている。

 

だんだん怒りが湧いてくる。

 

それとは別に、というか自分のデスクトップPCがうまくいかないことのある種の代償行為として、妻のノートPCを買い換えたりしてる。結局この妻用ノートPCに俺のアカウントも作らせてもらって、家でやるPC作業はこれでやってたりした。が、よくよく検討してみると家でPCでないとできない作業なんてそんなにあるわけじゃないし(会社仕事は会社でしかしないし)、ここらへんからネットを見たりちょっと調べ物をしたりTwitterに書き込んだりというのはどんどんiPhoneで済ますようになっていったのだった。

あと、この2年後くらいに、妻のノートPCを使わせてもらっているときに、俺はまた壊しちゃったんだよね……いや俺が壊したというか、Windows Updateをかけたらブルースクリーンになって何をどうやっても戻らなくなったという……そんで妻にめちゃくちゃ怒られて、高いノートPCを買わされるはめになったんだよね……え、もう俺にとってPCって悲しいことしかなくない? と思うようになり、さらにPC離れが加速していく……。

 

そんで一年後……よし自作しようと決心し、とうとうPCケースを買った。

そしてそのまま、段ボールから出すこともなく5年間放置される……。

 

デスクトップPCがぶっ壊れてから……去年の4月のことだからかれこれ1年半以上、否2年弱と言ったほうがいいか、まあとにかく未だ新PCを導入してないのだが(ケースだけ買ってある。パーツはなんか怖くて買えない……パーツのこと考えると不安で動悸がする)、そうなると自分の部屋で過ごす時間がほとんどゼロになり、完全に物置になってしまった。すごい荒れ具合だ。たぶん連続殺人鬼の部屋はこんな感じだと思う。というわけでまずは無秩序に積み上がってる本やらゲームやらDVDやらをバンカーズボックスにぶち込む。二、三冊ぶち込んで……そのままぬぼーっと突っ立って5分経ってた。いけないいけない。病だ。気を紛らすためにradikoで何かラジオを聴きながら作業することにした。適当にいろいろな局のを聴いてるとなんとなく作業が捗る気がするが実際のとこはそうでもない。まあいい、まずは進めることだ……一歩踏み出すことでしか、人は何も始められないのだから……と思いに耽ってぼーっと突っ立っていたら10分過ぎていた。病は深い。

病。あるいはミドル・エイジ・クライシス(中年の危機)。

いや、俺だってただ放置してたわけじゃない。PCケースはその頃流行っていた「片面がアクリル板で内部が見えるやつ」にはあえてしないで普通のケースにしたんだが、ケースの両側面にちょっと気の利いたシールをベタベタ貼ることで自分流のオシャを気取ろうとして……あのー、イメージとしては金田バイクというか……それよりもあれか、MacBookの天板にシールたくさん貼る感じか、あれ……ああいうオシャ……あれをやりたくって、PCケースに貼る用のシールをずっと集めてた。通販で買ったり、なんか良さそうなシールのイベント無料配付があると聞きつけたらわざわざ行ったりね……そんな感じで、シール集めを数年していた。そう、決して放置していたわけじゃない。シールを集めていたんだよ。

 

以後、PC自作進捗については特にこのBlogには書いていないが、まあそんな感じで数年立っていた。まあケースは別にいいんだよ。そんなにすぐ陳腐化するわけじゃないし。

で、一昨年頃にやっとパーツを買い始めたんだが、また放置してしまう。自作PCで一番やっちゃいけないやつだね……わかってはいるんだけど、この頃仕事が急速に忙しくなった時期があって、それで放置しちゃった……昨年のGW頃、パーツの放置はやばいだろうと組み立て始めて、念願のシールもペタペタ貼ったりして、これはいけるか? もういっちゃうか!? やんのか! とかブチ上がったりしたんだけど、あとは電源に各パーツのコードを繋ぐだけというとこまでやったら「これでいつでも完成させられるな」と安心してしまい、それからまた一年近く放置していた。え、なんかこれ今書いててひしひし感じるんだけど、俺ちょっと何か脳機能に決定的な問題を抱えてる人じゃない……? あれ……これ……。

 

まあいい。いいんだよ! そんでまあ、やっと冒頭に戻るんだけど、今年の3月中旬頃に「これは在宅勤務という状況がそれなりの期間続きそうだな」とさすがに危機感を覚え、パーツを電源に繋げて完成させたのだった。内部の配線を綺麗にまとめたり、各パーツを電源やマザーボードに繋げてるとき、なんかものすごい勢いで

「「「「「理解る(((わかる)))」」」」」

って感じがして、なんかすごかったね。あたまがよくなるかんじがてにとるようにわかりました。よかったー。

 

そんなわけでとうとう俺はPCをやった。PCをやってやったのだ。そんで、まあ在宅仕事用なんでグラボは6年前にぶっ壊れたPCから持ってきたGeForce GTX 560で当座をしのいでたんだけど、これからのことを考えると完全在宅勤務ではなくなるとしても何らかの形でリモートワークはやることになるだろうなと思い、在宅作業環境整備の一環でGeForce GTX 1660 superを買って換装したのだった。

どうせ今年末~来年にかけてPS5かXbox Series Xを買うわけなのだから今のタイミングでハイエンドなグラボを5万以上出して買うのもどうかと思うし、そもそも今PCで使ってるモニタはこれも前に使ってた1920×1200の解像度のやつなのだから4Kでの表現力とかそういうのはまったく考慮に入れる必要はなく、そしてこれは感覚的な話になるが現在のXbox One Sの価格よりも高いグラボを今買うのはなんか負けてる感じがするなあということからもろもろ検討した結果のGeForce GTX 1660 superだ。結果としては良かった。

6年前、デスクトップPCを壊す前にSteamで買って遊べないまま時が過ぎたゲームをちょろちょろやり、だがそれだとせっかくグラボ替えたのにもったいないので、『Fortnite』を最高設定で動かしたら初めてビクトリーロイヤル取れたのでちょっといい気分(Fortniteは苦手意識があって他のプラットフォームでプレイした時間合計しても2時間満たないくらいだが)。あとは『Valorant』やってるね。そんで例によってSteamのサマーセールでいろいろ買ってしまったのだが、長くなったのでその話はまた後で。

次世代コンソール本体デザイン雑感

PlayStation 5の本体写真

https://www.playstation.com/ja-jp/ps5/ より


PS5の本体および周辺機器デザインが発表された。

ちょっと懐かしい感じのする未来感と今どきゲーミングPC風味をソフィスティケートしてさっぱりとまとめた感じで、俺はなかなかいいなと思った。PS4の本体デザインが発表されたときほど感動はしなかったけど。

PS2以降の本体デザインは、モノリスあるいはロゼッタストーンの意匠をどう落とし込むかという方向性だったように思う。PS4初代デザインでそれの決定版みたいなものができて、次はどうするかと思ったらやはり別の方向性に舵を切ったということなのかな。

新コントローラー・DUAL SENCEのデザインが先出しされたときにあれ?と思ったが、今回本体デザインを見て、やはりPS VRのデザインはPS5世代のデザインラインの先行投入、あるいはPS4世代との橋渡しということだったのだなと納得した。PS VRPS4.5だったのだろう。

 

PlayStaiton VRの画像

https://www.playstation.com/ja-jp/explore/playstation-vr/ より

 

 

個人的なデザインの好みという意味で言えばXbox Series Xのほうが好きで、あれはゲーミングPC「ではなく」、【ゲーミング・ワークステーション】とでも言うべきモノを今定義するならばこのフォルムだ、という押し出しだと思う。今から2,3年先の未来感を先取りしたデザインというか。

Xbox Series Xの画像

https://www.xbox.com/ja-JP/consoles/xbox-series-x より

Xbox陣営は今回、どんなソフトが出るのかをアピールする前に本体のデザインを出してとにかくパワフルな機能なんだすごいんだという点をアピールした。コントローラのみ出して後は性能の情報だけ小出しにして引っ張り、発表時もまずはソフトラインナップをじっくり見せてからやっと本体デザインを見せるPS5とは好対照だ。とにかく「ゲーミング圧」みたいなものをこの本体デザインから感じてくれや!というメッセージと俺は見ている。このシーズンではPS陣営に「純粋な性能で/は」勝ちにいけるんだぜというアピールだ。

それはそれとして、Xboxは初代から本体デザインに関する一貫した思想というかコンティニュイティーにはあまり興味がないように見えて、そこが不思議ではある。でもコントローラは初代の小型コントローラを世代を経るたびに細かく改良を重ねていっているので、こっちのほうにアイデンティティーがあるのかもしれない。

ゲーム禅

後輩と話していて「ゲーム禅」という概念が誕生したが、どういうものなのか言葉で説明するのは難しいというか言葉で説明すべきではないのかもしれない(不立文字)。

ひとつ言えるのはゲーム禅はゲーム自体が「この作品は禅です」とプレゼンテーションしてくるものではなく、プレイヤーがゲームの中に見いだすもの、あるいはある局面におけるプレイヤーのプレイが自然と禅になっているもの、という感じだ。

後者の場合はゲームそれ自体は自らが禅であると声高に言っているわけではないのだが、その実、プレイヤーが禅になることをメカニクスに組み込んでいるとも言えるかもしれない。

 

……と、ここまで書いてきて思ったが、「禅」だとなんか本当に仏教の禅だと捉えられてしまうかもしれないので、もっとふんわり「Zen」と表記したほうがいいかもしれん。

これは『Wii Music』を我々はどう捉えるべきかという話の流れで出来た概念なわけだが、『Wii Music』についてはそのうちちゃんと、もう一度向き合わなければいけないと感じている。あれはWii時代の任天堂ソフト群の中でも群を抜いてヤバいタイトルだとずっと思っている。コンセプトをマス向けに噛み砕くことをせずほぼ純粋にそのままの形で出したもの、というか……いや、違うかな、未だそれをうまく言葉にする術を俺はまだ知らない。だから考え続けていくしかないのだ……。

 

まあ『Wii Music』はともかくとして、DSのTouch Generationの一連のタイトルを経由し、Wiiの空前の大ヒットの中で続けられた「非ゲーム」的なアプローチ、その後半あたりのタイトルについては今改めて見ておいたほうがいいと考えている。『安藤ケンサク』とか『キキトリック』とか。そういうこともやっていきたいね。このコロナ禍の時代にね。そういうのをね。まあ追々。

 

Wii Music

安藤ケンサク - Wii

キキトリック - Wii

ジュラシック・ワールド・エボリューション

Jurassic World Evolution (輸入版:北米) - PS4

 

頁作さんが最近Twitterで『Cities: Skylines』のプレイ日記とSSをたくさんTweetしているのであの手のゲームが遊びたくなり、積んでた『ジュラシック・ワールド・エボリューション』を遊ぶ。いや、別にこれCitiesみたいなゲームじゃないな、ジュラシック・パークを使った『テーマパーク』みたいなゲーム。

 

パークの施設を作って電力を敷設し、世界各地で化石を発掘してDNAを抽出し恐竜を孵化させる。パークレンジャーとなって主観視点で恐竜を追いかけて麻酔銃で眠らせたりもできる。それで客をたくさん集めて満足度を上げて金を儲けるというゲーム内容だ。PS2時代に『ジュラシック・パーク Operation Genesis』という経営SIMがあって、『~ワールド・エボリューション』はそれの現世代機バージョンアップ版といっていいだろう。

映画の『ジュラシック・ワールド』をベースにしているので、恐竜のDNAを積極的に操作して性質や皮膚の色を変化させることができる、というのが新フィーチャーかな。でもそれくらいで、ゲーム内容として本当に『Operation Genesis』とあまり変わらない。

 

前作当時はPC版*1をかなり熱中してプレイしたものの、さすがに今やるとそれほど深みのないゲームプレイに見えてしまって、楽しいのは楽しいんだがとりあえず6時間ほど続けてやったらだいたい満足してしまった。キャンペーンモードの最初の島を最高評価状態まで育てて、2つ目の島の半分くらいまで進んだところ。この先が見えたというか。

 

ちなみに自分はPS4北米版パッケージを買った(一時期Amazonで妙に安かったのと、日本語が入っているということだったので)のだが、国内では配信専売。だけどローカライズはボイスも含めてかなりしっかり作られているし、映画の主要キャラクターも写真付きでちゃんと出てくる。

本格経営SIMではなく、あくまで版権ゲームなので、いい意味でも悪い意味でも緩くダラダラ遊べる。原作映画ファンや恐竜ファンにはそっちのほうが正解だと思うので、版権ゲームとしては良作だろう。

しかし前作は2003年発売、なんともう17年も前なのか……。

*1:日本版はセガからリリースされ、サカつくや野球つくにあやかって『ジュラシック・パークをつくろう!』という日本独自サブタイトルを付けられていた。ちなみにPS2日本版はコナミがリリース。

ビデオゲームの絵

「昔のゲームの方が想像力を刺激されて良かった」は本当か

note.com

 

俺はこの記事を書いたてっけん氏と同じような感じで、ゲーム画面の先に「リアル」な世界を想像してはいなかった。84年、小一のときにファミコンを買ってもらって初めてビデオゲームに触れたのだけど、その頃の感覚としてはドット絵、というか「ビデオゲームの絵」そのものに強烈に惹かれたというのがある。

いわゆるファミコンマンガで「ゲーム内」の描写をそのマンガの画風で「描き直された」ものがあるとなんか違うな、安っぽいなと思っていた。ドット絵をそのまま絵にしてあるほうがリアル……というかビリーバビリティがあったんだよな(伝わるかなこれ)。

初めてビデオゲームに触れたのがもう少し年上の頃……中学生くらいだったら、ドット絵の先にいわゆる「リアル」を幻視するという想像力の飛躍はたぶん一般的なことだったと思う。しかしまた、俺のように「(あの当時の)ビデオゲームの絵」そのものに強烈に当てられた層というのも、それほど少数派ではなく存在したはずだ。

だがそのような情動は、「ドット絵は想像力を刺激するから良い」という、この20年くらいのドット絵懐古/再評価言説で使われがちなクリシェによって上書きされ、記憶の隅に追いやられてしまっているだけなんじゃないのか。そんなことをここ数年、漠然と考えている。

黒い回転、結果

その後、70回ぐらい回した結果(日を跨いだ)、ほぼ完璧に欲しいのが出たので終了ーっ! お疲れ様でした。

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ゲーム自体もちょっと触ってみたんですが、なんか最初のアイマスのゲームシステムの「雰囲気」をふんわり持ってきたような手触りで、へええーこういうのなんだーと思いました。続けるかどうかは……どうだろう。

 

あと夢見りあむの同人誌については、俺一人しか呟いてないゲームへたおじさんドットコムDiscord(https://discord.gg/jGh6HJy)に昨年夏にメモしてたのでこっちにも移しておく。

夢見りあむのR18同人誌、なんつうかこう、同人的なエロはエロとして描くんだけど、作者が夢見というキャラクターを通して語りたい「物語」がどうしてもこぼれ出てしまう感じのがあってそこが面白い。

サブカルクソ男ウィンプスターがメンヘラ女を性的に消費してるだけというところが無きにしも非ずというかアリアリではあるんだけど、なんかこう、メンヘラまでいかない/微妙に違う「ザコメンタル」という定義の発見、より解像度を精細にしたキャラクターの〈内面〉の規定、それに対するシンパシーみたいのが見て取れるように俺は思ったな。

 だからどうだという話なんだが……。