ゲームへたおじさんドットコム

1977年生まれの文系社会人。どこのクラスにも10人はいたような男のゲーム日記とメモと寄る辺のなさ。

2023年のゲーミングまとめ&個人的Game of the Year

おわーもう年が明けて1ヶ月も経つのか。早い。早すぎる。毎年言っている感じだがどんどん早くなるね。

昨年のゲーミングまとめを書いておくと、まあなんか長いことプレイしていたのは旧作ばかりだった。足かけ2年半くらいプレイしていたNDS『世界樹の迷宮』をやっとクリアし(のべプレイ時間は120時間ほど。2023年にプレイしたのは50時間弱)、人生初スパロボとなった『スーパーロボット大戦α』をゲームアーカイブスで購入してPS Vitaで40時間ちょっとプレイし(しかしまだ中盤あたりだ。でも俺なりにけっこう楽しんだのでペンディング中)、そして秋口から年末にかけてはPC版の『世界樹の迷宮Ⅱ 諸王の聖杯 HD REMASTER』をプレイしていた(80時間弱)。

世界樹ばっかやってんじゃねえかという感じだが、ほんとはこんなつもりじゃなかったのだ。セールで安くなってたのでそのうちプレイする用というつもりで買ったⅡを、何の気なしに起動してちょっと触ったらズルズルとそのまま続けてしまった。リマスター版になって全体的に「今」のゲームとして最低限のプレイしやすさは用意されるようになったので快適だというのもあるが、そもそも元の作品的に一作目で調整不足だったところを改善したアッパーバージョン的な内容だというのも、一作目クリアの余韻が残っているところにスルッと入ってしまった。ギルド名をパスワードで引き継ぎ、冒険者も同じ名前と職業で登録し直し、Ⅱで追加になった職業の冒険者も追加作成して、パーティーメンバーをいろいろ組み合わせてプレイしている。ⅡのほうがⅠよりも職業間のシナジーを狙いやすくて楽しい。そんなわけでいろいろ試しているうちに80時間弱もプレイしてまだ第4層でうろうろしている。リマスター版の通常難度はオリジナル版よりも簡単に設定されているが、それでも俺の場合はクリアまで100時間はかかってしまうのだろうなという感じだ。

長いことプレイしていたのは旧作……旧ハード用の「レトロゲーム」に分類されるようなゲームばかりに結果的にはなってしまったのだが、新作もそこそこプレイはしている。が、インディー系の短時間で終わるやつ中心で、AAAなメジャー超大作にはぜんぜん手を出せていないという感じだ。2022年に引き続き2023年にはゲーム史に残るような大作がリリースされたと思うのだが、それらはぜんぜんキャッチアップできていない。いかんねえ。いや別に義務でもなんでもないんだからいかんってことはないんだろうけど、でもなんかこう、これはいかんなという感じがする。

だが思い返せば俺は今までもそういった「時代を代表するゲーム」をリリース当時にリアルタイムでプレイしていたかっていうとぜんぜんそんなことないので、いつもどおりといえばそうなんだろう。でもそういう同時代的な盛り上がりにはちゃんとその時に乗っておくべきだ(だった)というのはここ数年諸々と身に沁みて感じているところではあるので、今年はもうちょっとそこはアグレッシブにやっていきたい。

そういう意味では2023年に『ストリートファイター6』をプレイできたのは良かった。いやぜんぜんやり込んではいないけど、これは優れて「2023年のゲーム」っていうのをひしひしと感じるプロダクトとして高度にまとまっていて、そこに物凄く感心したのだった。運営型のゲームなのでここからさらに変わっていくのだとは思うが、定期的に見ていきたい。とか何様目線で語っているが、まあ俺のランクがどうなのかというのは敢えて語るまい。

 

とりあえず2023年の俺のゲームプレイ概観としてはそんなノリだ。振り返ると2023年は仕事が妙に忙しい時期が年の頭からわりと切れ目なく続いてたんだよね。さすがに体力的にちょっと危機を感じることも多かった。それもあって刺激的な新作よりも旧作のほうに手が伸びがちだったというのもあるかもしれない。

昨年に引き続きGOTYはメモ程度にしておくが、これはわりとすんなり『ファミレスを享受せよ』(itch.io版)。5月のある週末の深夜にプレイを始めて朝方にクリアしたのだが、それから今までことある毎に思い返している。後半に出てくるとある謎解きの場面で(素直に)詰まってしまって、暗号解読を試みてまちがい探しをオールクリアしてメッセージを深読みしたりイラストの絵解きを試みたりしたのはいい思い出だ。そして真の解法を知ったときにはこれまた素直に驚いたりもした。

 

 

ゲーム表現としての完成度・新奇性・面白さ・批評性・時代性云々という評価軸とはまた違う軸、好きとか嫌いとかいうのとも別のレイヤーで、なぜか自らの人生の一場面として分かちがたく結びついてしまう・しまった作品というのがたぶん誰にでもある。俺にとっては2023年の『ファミレスを享受せよ』がそれで、2022年の『Unpacking』に続いてそういう作品に出会えたのはとても良かったなと思っている。そういうタイトルこそがまさに極個人的なGame of the Yearとして記録しておくべきものだろうなとも思う。

 

ところで、昨年はTwitter/Xを見る時間を意識的に減らそうとしていて、結果として今は2日に1回ちょっと見るくらいの頻度になった。そんなわけなので、今年からはTwitter/Xの俺のアカウントはゲーム関係のWebメディア記事・Blogエントリで良かったもの、興味深かったものをpostしたりRepostしたりする専用の場所として使うことにした。

日常のつぶやきみたいなのはBlueskyもしくはMastodon、さらにどうでもいいことやゲーム関係の個人的な覚え書きなんかはゲームへたおじさんドットコムのDiscordサーバーでやっていくことにしますので、何かあればそちらをご覧ください。

あと昨年はぜんぜんやってなかったTwitchの配信チャンネルも今年はもう少しやっていきたい気がしているが、こっちはどうだろうね。まあとりあえず。

 

バッツグーン!

Switchで『BATSUGUN サターントリビュート Boosted』を買ってプレイしてる。前に書いたとおり、俺にとって『BATSUGUN』というシューティングゲームはそれほど思い入れのあるタイトルではない。ないんだけど、ダラーッと何も考えずにプレイするにはとてもいい塩梅のゲームなのだ。秋葉原のHeyにわりとずっと置いてあるので、金曜日あたりの会社帰りに寄って、その週の仕事の疲れでごちゃごちゃになった頭をカームダウンするために連コインしてだらだらプレイする、というのをよくやる。

『BATSUGUN サターントリビュート Boosted』はタイトルのとおりアーケード版の移植ではなくあくまで「セガサターン移植版」のパワーアップ移植、というちょっと複雑な出自ではあるのだが、まあ移植度云々について何かわかるほどこのゲームに知悉しているわけではないので(以前書いたように、何度プレイしても「レベルアップするとすごく強くなる」というフィーチャー以外がほとんど記憶に残らないし、それ以外で覚えているのは一面が海中だってとことボスの名前がDeep Purpleだというところだけなのだ)、家でプレイできるなら買っとくか、最近は疲れて会社帰りに秋葉原へ寄る気力もないしな……という非常に後ろ向きな感じで購入した。

で、プレイしたわけだが……あれ? これ俺がときどきHeyでプレイしてるBATSUGUNより難しい気がする……なんでだ。なんでだと言われても困ると思うが。もっと簡単なゲームだと思ってたんだが、なんかすぐ死んじゃうよ。疲れてるのかな。アケコンでプレイしてないからかな。なんでだ。なんでだと言われても困ると思うが。

あと、このゲームはタイトルで「バッツグーン!」とキャラクターたちが声を合わせて元気に言うのがなんか勢いがあって良かったよな、Heyだと周りの音がうるさくて聞こえないけど……と思ってプレイを始めたのだが、そんなコールは一切なかった。あれ? と思ってよくよく考えてみたら、これはお笑いコンビのX-GUNが「ボキャブラ天国」出演あたりから始めた名乗りだった。このゲームのリリースが93年、ボキャ天に出てくる若手お笑い芸人が中高生に人気を集めていたのもそれくらい。同じくらいの時代の記憶がごちゃまぜになっていた。あの頃、俺はクラスの女の子たちが休み時間にボキャ天の話をしているのを聞いて、くだらないなそんな番組、みたいな感じでダル絡みしてすごい勢いで無視されたりしていたのだった。そして通っていた高校のすぐ近くにあったGEOに数台設置されていたアーケードゲーム筐体に『BATSUGUN』が入っていて、俺はときどきそれをプレイして、そして市内の俺が知る限りのレンタルビデオ屋ではその店にしか置いてなかったロジャー・コーマンの『血まみれギャングママ』とかトビー・フーパーの『スポンティニアス・コンバッション/人体自然発火』なんかを借りて、ああ、あのボキャ天が好きなクラスの女の子たちはこんな映画見ないんだろうな、とか思って、でもそこにはルサンチマンから来る優越感じみた感情はぜんぜんなくて、ただなんとなくうら寂しい気分だけがあったのだった。

 

バッツグーン!

 


  

血まみれギャングママ [DVD]

人体自然発火/スポンティニアス・コンバッション(字幕版)

 

モニタの話

うちのPCモニタ、DVIにWindows PC、HDMIにMacを繋いでるんだけど、HDMIからDVIに接続の切り替えをすると時々色味がバグる(一度モニタの電源切ると正常に戻る)。で、そのときのWindowsログイン画面の写真によっては、なかなか味わい深い感じの絵になってちょっと気に入っている。

 

 

BenQの1920×1200のモニタで、確か2008年頃に買ったからなんだかんだでもう15年くらい使ってるのか……さすがにそろそろバックライトがへたってくる時期だと思うのだけど、とっても頑丈で、上記の切り替え時色味おかしくなる以外は未だに特に不具合はない(電源OFF→ONしても映像入力の認識に時間がかかるということはなく一瞬なので、特に不便は感じていない)。思い返せば、テレビも含めて俺の人生で最も長い間使っているモニタになってるよ。次に買い換えるときもBenQのモニタにしようと思ってる。

 

ところでモニタといえば先日Xにこんなpostがあった。

このpostに貼られている画像を見たとき、けっこう驚いたんだよね。

90年代初頭のPCゲームには当時の年齢的なこともあって俺はまったく触れておらず、そもそも周囲にPCを持っている人なんていなかった。長じて自分でMacintosh(Performa 5220)を買ったのがもう90年代後半。その後も就いた業種の関係で日常的に触れるMac/PCのモニタはApple純正品もしくはナナオか三菱製のものが大半で、CRTモニタというのはTVのブラウン管に比べて解像感があって滲みもかなり少ない、つまりシャープでドットの一粒一粒がはっきり見えるモニタ、という認識だった。

なので、かつて16色しか使えない環境でも擬似的にカラフルに見せられるタイリングというドット絵描画技術があった、ということを教科書的な知識では知っていたが、それは同時代のコンソールやアーケードゲームでのドット絵描画技法のような「最終的な出力環境での “滲み” を考慮に入れた描き方」とはまた違うものだと思い込んでいた。滲みとは関係なく、タイリングで遠目から見ればグラデーション的に見える、みたいな感じだと思ってたんだよね。

エミュレータなりなんなりでキャプチャしたりグラフィックデータを抜き出したりしたものを現在のPC環境のモニタで見ても当然ながら「滲み」はないわけで、タイリングのドットが立って見えるからそこに考えが至らなかった。当時のモニタでの実際の見た目の感じについてまではちょっとわかってなかったな。滲み・明るさによる階調表現がここまで綺麗に出るもんだとはなー。

 

中年男性の怒りに燃えるバビロンAIタイトルアシスト

 

 

前回更新のとき、最後にエントリのタイトルを付ける段になってタイトルフィールドのところに「AI」というボタンが追加されているのに気づいた。はてなBlogが先日からスタートした「AIタイトルアシスト(β版)」が俺のIDにも適用されたのだ。

 

hatena.co.jp

 

単純な記事タイトルだけではなくSEO対策をした「検索エンジン向けタイトル」とバズりやすい構文の「ソーシャルメディア向けタイトル」も合わせてAIが提案してくれるというサービスだ。

現在βテスト中のため、無作為抽出されたユーザーか利用希望フォームから申し込んだユーザーしか使えない。俺は無作為抽出されたわけではなく、プレスリリースを読んで面白そうだから申し込みをしたら、いつの間にか使えるようになっていたというわけ。まあこういう新しいサービスの類はチャラい気持ちでとりあえず参加するに限るという信条でやっている。

 

さて、そんなわけで前回エントリを書き終わり、まあ読んだ人はおわかりのとおり、いつもどおりの特に主題があるわけでもない、いきあたりばったりのまとまりのない雑文だったわけだが、こんな内容でAIはどんなタイトルを提案してくれるんかなと、若干のウヒヒを感じつつボタンをポチーとしてやったわけだが……

 

 

くっだらねえ。これはマジでクソだなーと思いました。THE・バカのインターネット、という感じだ。

先述のとおり前回エントリは主題がぼんやりとした雑談でしかないのだが、その中に出てくるワードと一部の文脈を拾って「それらしい」タイトルに仕上げているのはまあいい。だがそこで出力される「らしさ」の安っぽさ薄っぺらさ、若干の「強い言葉」をトッピングしてお手軽に「構文」として丸める賢しらさ、あまりにも貧しい。

これはAIがどうこうというより、AIの出力がこのセンになるように施した「味付け」の貧しさということなのかもしれない。そしてSEO対策、SNSでのアテンション集めとしてはこのセンでいくのが正しいのだろうなということもなんとなくわかる。しかしその正しさの、どうしようもなく耐えられない軽さを俺が受け入れる義理はない。

 

大多数の人にとって中身のない、ゴミのような、個人の譫言じみたテキストがWebを埋め尽くすことそのものに俺は全く反対しない。むしろ自分でも積極的にそれを推進している節がある。

だが中身のなさをそれらしいラベリングで修飾して、システム的に拾ってもらったりアテンション集めたりしてセルアウトしてイグジットでござい、とまではヘラヘラできないし、趣味のインターネットの領域でまでバビロンに媚びへつらうつもりはねえ! ファッキン・バビロン!!!!!!!!!!

 

と、思考の柔軟性が衰え始めている中年男性らしく突如として怒り始めてしまったが、まあまだβテスト中ですしね。あと前回エントリではたまたまあんな感じのが出力されただけだったのかもしれませんし。まあこういうのは使っていく中でどんどん改善されて、最終的には良いものになっていく、そういうものだと思いますしね。試しに今回のエントリについては、AIの提案に従って記事タイトル・検索エンジン向けタイトル・SNS向けタイトルを設定してみたいと思います。さてさて、お手並み拝見、といきますか……。

ゲーム周辺近況:ゲーム系Podcastとサイヴァリアのやたら壮大な物語

以前はけっこうTwitter経由でゲーム関係のニュースというか界隈の盛り上がりを観測して参考にしてたんだが、最近はTwitterをはじめSNS全般を見る時間がめっきり減って(それ自体は別にいいと思っている)、そういう空気感みたいのはよくわからなくなっている。いや、ちょっと前から『スイカゲーム』が大流行中とかそういうのはもちろん知ってますよ。そういう目立つやつじゃなくって、もうすこしふんわりした感じの、まさに「空気」みたいなやつ。

で、代わりにってわけじゃないけどゲーム系のPodcastを聴く時間がグッと増えた。もともとそこそこの時間聴いてるほうだったと思うんだが、この数ヶ月で定期的に聴くゲーム系Podcastの数がけっこう増えてきている。俺の観測範囲が広がったというよりは、なんかこの1年くらいで始まった新しいゲーム系Podcastが多い気がするんだよね。

ゲーム系に限らずPodcastやってる人全般に当てはまる印象として、わりと落ち着いた感じの人が多いっていうのがある。喋り方も、話す内容も。だいたい30代以降で、お子さんがいる人も多いからなのかなとかなんとなく思ってる。それはそれで聴きやすくていいんだけど、なんかこう、若くてヒリついた感じの番組も摂取したいという気分もあるんだよね。まあそういう感じの若い人はPodcastとかじゃなく配信系のほうにいるんだろうけど。

 

ところで、最近聴き始めたゲーム系Podcastのひとつ「Bright Bit Brothers」(2020年開始だから「新しい」番組というわけではないが)の『サイヴァリア』回を聴いてたら、あのゲームにはやたらと壮大なスケールのストーリー設定があることを初めて知った。あんなアブストラクトなビジュアルデザインのシューティングゲームで、ゲーム中には「物語」的な演出はぜんぜんないのに、なんか『三体』ⅡからⅢの序盤みたいな話なので驚いたよ。brightbitbros.seesaa.net

 

マジかよと思って検索したらまだ公式のストーリーページが残っていた。マジだったわ。

www.success-corp.co.jp

 

久し振りに『サイヴァリア』やりたくなったな。番組内でも触れられてたけど、今やネットで話題になるという意味で一般に定着した「バズる」っていう言葉を始めて見たのはこのゲームの「BUZZシステム」だもんな。それももう四半世紀近く前なのか……。PS4で買ってある『サイヴァリア デルタ』を引っ張り出すか。

 


www.youtube.com

 

あ、アーケード版のデモ画面でなんか長々と流れてた英文が例の壮大なストーリー設定だったのか! わからんかったよ……。


www.youtube.com

 

サイヴァリア デルタ - Switch

 

三体

三体

Amazon

 

『ディアブロⅣ』シーズン2の広告

『ディアブロⅣ』シーズン2の広告ビジュアルが、なんか妙にこう、安っぽいというかBのセンだったので虚を突かれた。あれ、ディアブロってもっとこう、ダークな高級さがある感じじゃなかったっけ……? なんだろうこれ、レイアウトと背景の色味がなんか安っぽく感じさせるのかな。

 

MRゲームの夢

昨年の6月くらいに「そろそろMeta Quest 2」買うかーと思い立ったものの、むにゃむにゃしてるうちに値上げが発表されてシュンとなった話を前に書いた。まあ3が出たらまた考えるかなーと思ってたわけだが、先日(10/10)にとうとう発売となり、各メディアの詳細解説など読み、購入ユーザーの感想やレビュー動画をいろいろ見ている。

そんなわけで今度こそQuest 3を買うぞという機運が高まっているわけだ。で、先週末あたり、寝る前にTwitter見てたらQuest 3のカラーパススルーMR(Mixed Reality)動画が流れてきたので(Quest 3かぶったまま料理もできる! レシピ動画の再生も空中をタッチするだけだからいちいち手を拭く必要なくて快適! みたいなやつ*1)、ほーこりゃいよいよもってすごい、ついに実用的なMRデバイスがお手頃価格で家庭に入ってくるのか……と興奮して関連の動画を大量に見ていた。

それが原因なのか、MRのゲーム? みたいなものが夢に出てきた。

会社でMRゲームの試遊会が行われる。思春期の娘が父親に(かなり強めの)反抗的な態度を取る場面を体験できるというMRゲームだ。プレイヤーは「父親」役になり、暴れる娘を宥めたりすかしたり叱りつけたりするという、『積木くずし』シミュレーターみたいな感じの内容だ(古すぎて分からない人のほうが多い例え)。

「娘」はフォトリアルな、かつ芸能人的ではない、現実感・生活感のあるモデリングになっている。しかも生成AIでこちらの言葉や態度に応じた受け答えをする(その反応はすごく癇に障る思春期特有のあの感じだ)。

前の人のプレイを笑いながら見ていた俺は、いざ自分の番になってMRゴーグルを被ったとたんにその「娘」の圧倒的な実在感に飲み込まれてしまう。ゲームという感覚はすぐに消え、ただひたすら、コミュニケーションがひどく困難で不快な存在、しかし同時に親として保護せねばならない大切な愛おしい存在でもある「娘」となんとかして向き合おうという気持ちになる。

最終的に「娘」は唸り声をあげながら泣き出すのだが、俺が「君は泣いているのか? 怒っているのか? わかった怒ってるんだな! しかし何に?」と問うたところで試遊時間が終わる。虚脱感と焦燥感とほんの少しの達成感をMR空間に残してゴーグルを外すと、他部署のスタッフも含めてけっこうな人数が俺を取り囲み、含み笑いと共に拍手をする。俺は、いやどうも、と曖昧な笑みを浮かべて逃げるようにその場を離れる。

というところで目が覚めた。

www.4gamer.net

Meta Quest 3 128GB

積木くずし