メトロイドブレイニアでも知識アンロック系でも呼び名はなんでもいいんだけど、あの手のゲームって詰まってしまったときに「これだけの年数生きてきているのに、俺は……俺には知性がない……まったくない……」みたいな実存的不安に陥るから、そのストレスを思うと遊ぶハードルが高いんだよ俺にとっては。あ、あ、あんた! あんたはどうだ? あんたにはちちち、知性があるのかい!?
俺はBlog名にしているくらい自他共に認めるゲームへた人(へたうど)なわけだが、いわゆるアクションゲームの瞬発的操作が苦手、ということに関してはそんなにコンプレックスは持っていない。いやまったく持っていないというと嘘になるが、でも子供の頃から運動音痴のケがあるので、まあゲームのこういうなんていうかフィジカルを伴う操作がうまくないのもむべなるかな、と自分で納得できるところはある。
でもそういうのじゃない、純粋な知性が問われる(ように思える/ように見せかけている)ゲームの要素がうまく解けないと、なんというかそれはもう、ゲームどうこうの向こう側、人間としての能力が足りてないのではないか、他の人はできるのに、俺はまったくできないんじゃないかこれ、という根源的な恐怖が鎌首をもたげるんですよね。俺はどうしようもなく愚かな人間なのではないかという。
実際のところが自分が愚かな人間であることは、すでに半世紀近く生きてきていろいろと骨身に染みている。そのつもりだ。だが、実はその「つもり」をはるかに下回るレベルで愚かなんじゃないか、という恐怖。それが襲ってくる。
純粋にはメトロイドブレイニア/知識アンロック系とはいえないのかもしれないが、『ElecHead』を途中までニコニコしながらプレイしていたのに、詰まってしまってマップを何周も彷徨い続けていたとき、本当に哀しいというか、みじめな気分に陥ってしまった。四十をだいぶ過ぎた男が、なんでこんなかわいらしい見た目のゲームでここまでみじめな気分になってしまっているんだ、というのも含めてショックだった。もうこの年で、あんまりみじめな気分にはなりたくないんだよ……。
まあしかし今はもう、そんな気分に陥りそうなときは攻略サイトとかウォークスルー動画とかをすぐ見るようにしています。そう、別に真正面から打ち合うだけが正解じゃない、時には搦め手、寝技、裏技、反則、ペテン、そういったものを使って勝つ方法だってある。矜持など犬に食わせて実を取れ。俺には……それができるだけの知性がある、街場の知性、ストリートワイズが!
そんなわけで、冒頭でリンクした4Gamer.netの記事でも紹介されている『Leap Year』をプレイしている(Steamのスプリングセールで少し安くなっていた)。うーんこれは俺にもちょうどよくわかるぞ! とりあえず今のところは。そしてこれがクリアできた暁には、以前から積んでいる『Outer Wilds』や『Tunic』や『Öoo』にもチャレンジしてみよう。ちなみに『The Witness』は数年前話題になったときにプレイして、早々に挫折している。あの最初の広場のあたりの、たぶんみんなが一番最初に「おーっ」と思うであろうところ、あの道のね、あの上に登って振り返って、あれの、あの、あそこんところで「おーっ」と思って、そして同時に、これはこれ以上、俺が自分の力で解くのは無理だな、ということを理解し、スッと身を引いたのだった。そういうこともある。いたずらにみじめになったりなどせず、これは俺には無理だなという諦めの境地に瞬時に遷移する、それによって己の精神のもっとも柔らかな部分を守る、そういう身のこなし、護身がうまくできる、そういうときもあるのだった。ストリートワイズ!